資産形成の発想 — IDEA 01
— 金額ではなく、状態を守る —
資産形成のゴールは、いくら貯めるかではありません。収入が支出を上回る状態を、退職したあとまで保ち続けることです。 この記事では、そのために何から手を付ければよいかを、現状の把握・積立・固定費・暮らしの環境・将来の備えの順に紹介します。
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資産形成をこれから始める人、とくに50代になって初めて家計を見直そうとしている人を想定しています。 この記事は、50代で家計を初めて開けてみたときの考え方をもとにしています。数字の例は、分かりやすくするための目安です。
この記事は考え方の記録で、特定の金融商品をすすめるものでも、投資の助言でもありません。投資には、元本(預けたお金)を下回るおそれがあります。 実際に判断するときは、ご自身の状況に合わせて決めてください。
読む目安:約14分 ・ 資産形成の発想 IDEA 01 ・ 図8枚
資産形成のゴールは、「支出が収入を上回らない状態」を保ち続けることです。 働いているあいだも、退職して収入が年金と資産からの収入だけになったあとも、この釣り合いが取れていれば、穏やかに暮らせます。
資産形成というと、「老後までに○千万円」のような目標額を思い浮かべる人が多いと思います。 ところが、目標額にはいくつか困ったところがあります。まず、いくらあれば足りるのかは、暮らし方しだいで大きく変わるので、決めようがありません。 次に、投資をしていると資産の額は相場とともに毎日上下するので、達成したり届かなくなったりをくり返し、気持ちが落ち着きません。
一方、「収入が支出を上回っているか」は、毎月の家計で確かめられます。下回りそうなら、収入を増やすか、支出を減らすか、という打つ手もはっきりしています。 そして、収入を大きく増やすのは簡単ではないので、現実の打ち手はたいてい支出を仕組みで減らすことになります。
資産は、この釣り合いを支えるための道具です。退職後に年金だけでは少し足りない分を、資産からの収入や取り崩し(貯めた資産を少しずつ売って、生活費にあてること)で埋める。 そのために、働いているうちに育てておく、という順番で考えます。
図の見方:上の段は、ゴールを目標額にした場合です。資産の額は相場とともに上下するので、達成と未達をくり返し、何をすればよいのかも見えません。 下の段は、ゴールを「収入が支出を上回る状態」にした場合です。毎月の家計で確かめられ、足りなければ固定費や資産の配分などの打つ手がはっきりします。
資産形成で最初にやることは、投資する商品を選ぶことではありません。自分がいまどこに立っているかを知ることです。 家族の名義ごとの預金、投資信託(多くの人のお金をまとめて、専門家が株などで運用する商品)、会社の持株会(社員が毎月お金を出して、自社の株を買う仕組み)、企業型DC(会社が掛け金を出し、自分で運用先を選ぶ年金)などを1か所に集め、合計します。借入があれば、それも書き出します。
このとき、自宅の土地や建物は計算から外しておきます。暮らしている家は、すぐに現金にできるお金ではないからです。 もう1つ忘れやすいのが、将来もらえる年金の見込み額です。収入の柱になるのに、知らないまま「たぶん大丈夫」と思い込んでいることがよくあります。
集めてみると、資産の偏りが見えてきます。たとえば、手堅く定期預金を続けてきた家計では、全体の9割以上が現金になっていることもあります。 現金は値下がりしない安心感がありますが、物の値段が上がっていく時代には、同じ額で買える物が少しずつ減っていきます。守っているつもりで、実は目減りしているわけです。
偏りが見えたら、目標とする配分を1つ決めます。たとえば「現金50%・株式50%」のように、ざっくりした比率でかまいません。 年齢が上がるほど株式を減らすのが一般的な考え方ですが、現金にあまりに偏っているなら、まずはそれを直すことが先です。目標の比率があると、あとで迷ったときの物差しになります。
図の見方:上の帯は、資産を1か所に集めて計算したときの配分の例です。ほとんどが現金で、株式はわずかしかありません。下の帯は、そこから決めた目標の配分の例です。どのくらい偏っているかが帯の長さで見えると、目標との差もつかみやすくなります。
投資の部分は、毎月決まった額を機械的に買い続ける積立を中心にします。 毎日の値動きを眺めて売り買いを判断しなくてよいので、気持ちがとても楽です。市場が下がって冴えない時期も、積立だけは淡々と続けます。 長い目で見れば市場は上がっていく、という前提に立った方法です(ただし、これは前提であって約束ではありません)。
個別の会社の株を買い、値下がりで怖くなって手放してしまう、という失敗はよくあります。同じことを繰り返さないために、先にマイルールを決めておくと迷いません。
気をつけたいのは、退職して給料からの積立が終わったあとです。値下がりしても、もう買い足して取り戻すことができないので、相場の上下がそのまま資産の上下になります。 今より値動きが気になる時期がいずれ来る、と分かっていれば、そのころに必要な生活費の分は現金で持っておく、といった備えを前もって考えられます。
図の見方:上の箱は、働いているあいだの積立の時期です。毎月買い足すので、値下がりはむしろ安く買える機会になります。まん中の箱は、退職して積立が終わったあとです。買い足せないので、値動きがそのまま資産の増減になります。いちばん下が、それを見越した備えです。
収入を大きく増やすのは簡単ではありません。いちばん手っ取り早く、しかも確実に効くのは支出を減らすことです。 ただし、毎日の買い物を我慢する節約は長続きしません。先に手を付けたいのは固定費(家賃や通信費のように、使っても使わなくても毎月決まって出ていくお金)です。 一度見直せば、あとは何もしなくても毎月効き続けます。
たとえば、次のようなものがあります。スマートフォンの契約先を料金の安い会社に見直す。新聞の購読をやめ、ニュースはインターネットで読む。 テレビを置かずにネットだけで情報を得る暮らしに切り替えれば、受信料もかかりません。床屋に通う代わりに家でバリカンを使えば、お金と時間の両方が浮きます。 外食をやめるのも、効き目の大きい見直しです。 なお、散髪と外食は厳密には固定費ではなく、毎月の習慣にかかるお金の例です。
どれも、全部をまねする必要はありません。大事なのは「我慢」ではなく「仕組み」で減らすという考え方です。 そのうえで、楽しみまで削らないようにします。たとえば、カフェで1杯のコーヒーを頼み、2時間ほど過ごす場所を手に入れるのは、ちょうどよい息抜きになります。 削るものと残すものを自分で選んでいれば、節約は苦しいものになりません。
図の見方:丸の1つ1つが1か月です。上の段の我慢の節約は、毎回の意思の力に頼るので、点線の丸のように途切れる月が増えていきます。下の段の固定費の見直しは、最初に一度決めるだけで、12か月すべての丸が埋まります。
固定費の中で、いちばん大きいのはたいてい住まいのお金です。家賃や住宅ローンは、数十年にわたって毎月出ていきます。 逆に言えば、ここを小さくできると、ほかの工夫を全部合わせたよりも大きな差になります。
たとえば、実家に住み続け、住まいのお金をほとんど払わずに済んでいる家計は、それだけで資産形成の大きな原動力を持っています。 家族の関係がうまくいっていて、場所も便利なら、なおさらです。もちろん、こうした事情はだれにでもあるものではなく、まねできる人は多くありません。
それでも、考え方は使えます。自分が置かれた状況の中から、いちばん効率のよい方法を見つけて実行することも、資産形成の一部です。 住まい、仕事、家族、住んでいる地域。それぞれの人に、その人だけの「効く場所」があるはずです。一般的な正解を探すより、自分の条件を棚卸しするほうが近道になります。
図の見方:帯の長さは、毎月出ていくお金の大きさのイメージです。固定費の見直しで減らせる通信・新聞・散髪の帯を全部足しても、住まいの帯には届きません。だから、住まいのお金を小さくできる環境があるなら、それがいちばん大きな味方になります。
収入と支出は、年齢やライフステージ(子育て・退職など、人生の段階)によって変わります。 子どもがいれば教育費がかかりますし、それは避けられません。収入の側も、役職定年(ある年齢で役職を降りて給料が下がる仕組み)、定年後の再雇用、完全な退職、年金の受け取り開始と、段差を下りるように変わっていきます。
こうした変化の多くは、時期も大きさもあらかじめ見込めます。だからこそ、前もって年ごとの表にしておくことが大切です。 いつ収入が下がり、いつ大きな出費があるのかが分かれば、その年に「収入>支出」が崩れないか、崩れるならいくら蓄えておけばよいかが見えてきます。
図の見方:緑の実線が収入、赤の点線が支出です。収入は役職定年・再雇用・退職と年金の開始で、階段を下りるように減っていきます。支出は教育費が終わると一段下がります。65歳から先の赤い帯が、収入だけでは足りない分です。この帯の大きさが分かれば、それまでにどれだけ蓄えておけばよいかが見えてきます。
この表を作るために、AI にコードを書いてもらって、自分専用の小さな家計のアプリを作りました。中身は3つの画面だけです。 1つめは記録で、年に1回、預金・投資信託・債券(国や会社にお金を貸して、利子を受け取る商品)・企業型DC・持株会の残高を書き込みます。 2つめは収入の変化で、役職定年・再雇用・退職・年金開始の年齢と金額を入れると、年ごとの収入が並びます。 3つめは資産の見通しで、生活費と臨時の出費、毎年の積立額、目標の配分を入れると、退職後まで資産がどう動くかを描きます。
工夫したのは、見通しを1本の線ではなく、悲観・中央・楽観の3本で描くことです。相場がふるわなかった場合でも暮らしが崩れないか、を確かめるためです。 また、毎年、目標の配分に戻す計算(リバランス。値上がりした分を売り、値下がりした分を買い足して比率を元に戻すこと)を入れるかどうかも切り替えられます。
図の見方:左端がいまの資産で、右へ進むほど年をとります。相場しだいで、先の資産は楽観・中央・悲観の幅に広がります。見るべきなのは、いちばん下の悲観の線が資産ゼロの線より上に残っているかどうかです。1本の線だけで見ると、この幅が見えません。
ただし、道具は何でもかまいません。表計算ソフトでも、紙のノートでも同じことができます。 大事なのは、「いま」だけでなく「その先の段差」まで数字にして眺めることです。家計の資料は大切な個人情報なので、どこに保存するかにも気を配ってください。
お金は、それ自体が目的ではありません。好きなことをする時間や、行きたい所へ行く自由、困ったときの安心を手に入れるための手段です。 お金を増やすことだけを追いかけていると、増えたあとに何が残るのかが分からなくなり、むなしさを感じやすくなります。
とくに定年が近づいたら、「いくら持っているか」と同じくらい、「退職したあと、何をして過ごすか」を考えておくことが欠かせません。 やりたいことがはっきりしていれば、必要な支出も見えてきて、「収入>支出」の釣り合いもより正確に考えられます。資産形成とは、お金の計画であると同時に、暮らしの計画でもあります。
図の見方:上から順に読みます。お金はいちばん上にありますが、ゴールではなく、時間・自由・安心を手に入れるための手段です。いちばん下の「何をして過ごすか」が決まると、そのために要るお金も見えてきて、ゴールの「収入>支出」をより正確に考えられます。
考え方は、数字で確かめて初めて自分のものになります。思い込みの「たぶん大丈夫」が、実際の数字と違っていることはよくあります。次の3つのうち、どれか1つから始めてみてください。